NPO法人 プレーパークせたがや 設立趣旨
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設立準備会のメンバーで、時間をかけて作成した設立趣旨書です。私たちの「プレーパークせたがや」にかける強い意志を感じていただければ幸いです。 皆さまのご賛同を得て、これから多くの場所で、多くの人たちへと広がっていくことを心より願っています。

特定非営利活動法人プレーパークせたがや 設立趣旨書

1975年、7月。我が子の遊ぶ様子からその環境に疑問を抱いた一組の夫妻が中心となり、世田谷区経堂の烏山川緑道計画地の一角に夏休みだけの特別企画、冒険遊び場『こども天国』を開設した。イギリスの冒険遊び場にヒントを得たこの遊び場は、77年には場所を桜丘に移し、その地域の住民を巻き込み15ヶ月にわたり取組まれた。住民によるこの手づくりの遊び場は、子どもから絶大な支持を受けた。翌79年、世田谷区は国際児童年の記念事業にこの冒険遊び場を採択。住民と区との協働事業である日本で初めての常設の冒険遊び場、『羽根木プレーパーク』が誕生した。

子どもがやりたいと思うことは極力やれる遊び場にとの願いから禁止事項は設けず、代わりに『自分の責任で自由に遊ぶ』というモットーを掲げた。そして子どもは自由な遊びから相手や自分を知り多様な関係や知恵を学ぶこと、しかしそのときに起こるさまざまな出来事に対する責任追及の風潮が子どもの育ちの宝庫である自由な遊びを奪ってきたことを訴え、理解を求めてきた。住民によるこうした主体的な取組みを重視した区はプレーパーク増設の方針を打ち出し、住民の動きを支援。82年には『世田谷プレーパーク』、89年には『駒沢はらっぱプレーパーク』、03年には『烏山プレーパーク』が誕生した。

1.住民等ボランティアによる主体的運営
2.職業人としてのプレーリーダーの常駐
3.行政が事業化し中間支援組織であるボランティア協会に委託する官民協働の事業形態。

世田谷の地に始まった冒険遊び場プレーパークは前記のような運営上の特徴を持ち、前述のモットーとともに今では全国的な注目を受け各地に取組みが広がっている。遊べないといわれている現代の子どもが、実はこんなにも生き生きと遊ぶことに驚きと衝撃を受けた多くの人が、「わが町にも」と動き始めていった結果だ。

しかし、それでは子ども自身が生き生きできる環境が整ってきたかといえば、その状況は子どもにとってますます過酷となっているのが現実であろう。

こうした現状を打破し改善していくために、下記のような視点で事業を展開していく。大人の価値観を中心とした効率的で大人が暮らしやすい町のつくりを子どもが育つ場という視点から見つめ直し、子どもを中心としたまちづくりのあり方を模索する必要がある。これには、例えば公園や施設、道路などが具体的に子どもの遊びの場として保障されるためにどうあったらいいのか、また、川や木、土の地面など子どもの遊びや育ちに不可分とも思える自然環境をどう残すのかといったハードに関する課題と、それらの可能性を引き出し充分に活用するための手法、人材、ネットワークなどのソフトを創出するという課題がある。人材は地域の中に多様に存在しており、その人たちが力を発揮しやすい機会とシステムを作り出す必要がある。また、今までこうした子どもに関わる活動は女性が担ってきたところが多いが、男性も参画しやすい環境づくりとプログラムの開発が求められている。

特定非営利活動法人(NPO法人)を設立するのは、これらの課題と取組む上で、従来からのプレーパーク事業をさらに充実、発展させることが重要であるという理由とともに、より多角的な手段とアプローチの方法が不可欠と判断したことによる。また、その公益的役割を明確にし、行政を始めとする公的機関との積極的な連携を視野に入れた事業の展開を考えているからでもある。

子どもが自分の人生を切り開いていく力を身につけるためには、その子自身が試行錯誤しながら自分で発見していくこととそれを支える大人の存在が欠かせない。わたしたちは、そのための場と機会を子どもに多様な形で保障していくため、上で掲げた視点の事業を展開していきたいと思う。

子どもは、未来そのものだ。子どもが生き生きできなければ、生き生きとした未来は描けないことを肝に銘じて取組んでいきたい。

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